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大阪高等裁判所 昭和58年(う)1309号 判決 1984年7月03日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年八月及び罰金一五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐々木哲藏、同佐々木寛連名作成の控訴趣意書及び同補充書各記載のとおり(但し、量刑不当の主張は、窃盗罪に関する懲役刑についてのみ主張するものである旨釈明した。)であり、これに対する答弁は、検察官山中朗弘作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、被告人に、出資の受入、預り金及び金利等の取締り等に関する法律(以下「出資法」という。)第五条一項違反の罪及び窃盗罪を認定しているが、被告人は、いわゆる自動車金融を行つていたもので、本件各融資をするにあたり、それぞれ借主との間で、借主の提供する自動車を、被告人が融資金額に相当する代金を支払つて買い取り、所有権を取得する内容の売買契約を締結する方法をとり、これに買戻約款を付し、売主がその買戻期間内に約定の代金を支払つて買戻しをしない限り、右の時点で被告人がその車を任意処分できる旨を約定していたので、被告人としては、本件の各融資が右のような売買契約の方法でなされている以上、出資法五条一項に違反するとは思つておらず、また買戻期限内に権利を行使しなかつた売主からその車を引き揚げた本件の各行為が窃盗罪にあたるとも考えていなかつたもので、かつ被告人がこのように誤信したことについて、それぞれ無理からぬ理由が存するので、被告人の本件各行為は犯意を欠くことになり、無罪である。従つて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ検討するに、原審で取り調べた関係各証拠によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、被告人は、昭和五三年ころから衣料品の製造販売の仕事のかたわら、同業者に金を貸したりしていたが、昭和五六年四月ころからは、被告人を代表者として貸金業福島商店の届出をし、本格的に貸金業を営んでいたものであるところ、知人から自動車を担保に金を貸せば貸し倒れがないからもうかるとの話を聞いて、いわゆる自動車金融を思いつき、昭和五七年一月二七日、新たに大阪府に被告人を代表者として貸金業プラザの届出をし、原判示の日研ビル二階二〇九号に営業所を構え、友人から紹介を受けた暴力団員である原審相被告人春駒忠男を共同経営者として、その営業を開始するに至つた。被告人の営業の方法は、スポーツ新聞五紙に「車預らず融資、残債有りも可、プラザ(三九六)六〇〇〇」との広告を出し、あるいは路上に同趣旨の立看板の広告を出すなどし、これらを見て営業所を訪れた顧客に対し、融資をするものであるが、顧客が担保に提供する自己又は第三者の自動車を被告人側が見て評価し、転売利益を十分に見込み、時価の約二分の一ないし一〇分の一程度の融資金額を定め、その金額で了承した顧客に対し、被告人側において買戻約款付自動車売買契約書の用紙を示してこれに署名押印を求めるという方法をとつていたものである。右契約書には、不動文字の契約条項が印刷されていて、その契約内容は、融資を受けた借主がその融資金額で担保とする自動車を被告人に売渡し、その所有権と占有権を移転し、借主が融資された金員の返済期限(一カ月先を一括払の返済期限とするものは、昭和五七年七月六日付起訴状記載の公訴事実第二の別紙一覧表(二)((以下A表という。))の1、3、同年七月三〇日付起訴状記載の公訴事実第二の別紙一覧表(二)(以下B表という。)の4611、同年九月一七日付起訴状記載の公訴事実第二の一の別紙一覧表(二)((以下C表という。))の2ないし810、同第二の二の別紙一覧表(三)((以下D表という。))の34であり、一カ月先を第一回目の返済期日として二回ないし五回の月賦返済とするものは、A表の245、B表の12357ないし10、C表の1911、D表の12である。)に相当する買戻期限までに融資金額に一定利息を付した額を支払つて買戻権を行使しない限り、被告人はこれを任意処分できるというものであつた(なお、B表の11引用の市来重雄及びD表3引用の船瀬高夫がそれぞれ署名押印した契約書には、「甲(被告人のこと)は、第5条所定の事由発生の場合(買戻権の行使)以外は、本件自動車につき直接占有権をも有し、その自動車を任意に運転し、移動させることができるものとする。」との条項も付加されていた。)。しかしながら、これらの文面上の契約条項にもかかわらず、担保提供者が当面自動車を保管し利用できることは当然の前提とされていたものであるが、被告人らは、借主が返済期限に遅れれば、その車を承諾を得ることなく直ちに引き揚げて転売する意図を有していたのに、むしろその方が利益も格段に大きく、これを期待する面もあつて、顧客の大部分が右契約書を読まず、求められるままに署名押印する傾向のあることを奇貨とし、たまに右契約内容につき説明を求める顧客があつた場合でも「不動産の譲渡担保と同じ事だ。期日どおりに返済してくれたら問題はない。」とか「車を引き揚げるのは一〇〇人に一人くらいで、よほどひどく遅れた時ですよ。」という程度の説明をするのみで、あくまで前記の意図は秘し、顧客に注意を喚起するような説明は一切しなかつた。顧客の側も前示のような契約の経過からして、返済が若干遅れたからといつて、承諾もなく直ちに車が引き揚げられることを予想することは困難であつた。また顧客において署名押印した前記の契約書は、被告人らが預り、顧客らにはその写しさえも渡されず、後日これを検討することもできなかつたものである。このような形で融資をした後、借主側の事情として、(一)支払期日が日曜、祝日等の休日に当つているA表345、B表457911、C表245の各借主としては、休日にはプラザも営業をしていないので、その翌日に支払う予定にしていたものであり、ことに、A表3、C表4の借主は前日にプラザに電話して女子事務員にたずねたが責任者不在ということで要領を得ず、B表5の借主も前日に、同表7の借主も当日プラザに電話したが、かからず、A表4の借主は前日支払のためプラザに赴いたが、全員不在のため名刺をドアにはさんで置き、C表5の借主は前日(土曜)プラザに赴いて被告人に面接して、月曜日に支払うことの了解を得たこと、(二)支払期日が土曜日に当つていた(1)A表1の借主は、期日に支払うべくプラザに電話をしたが通じないため休業しているものと思い、やむなく月曜日に支払うこととしていたこと、(2)B表8の借主は、期日の当日、朝から所用で京都へ出かけなければならなくなつたため、プラザに電話して事情を述べ、銀行振込にしたいと頼んだが、そのようなことはしていないということで、できるだけ早く帰つて払いに行く旨連絡しておいたところ、京都からの帰途交通渋滞のためおそくなり、夕刻に途中の吹田インターからプラザに電話をして事情を述べたところ、電話に出た男が明日は休みだから月曜日に来て下さいと言うので一応安心していたこと、(3)B表10の借主は期日に支払に行けず、月曜日に支払う予定にしていたこと、(4)C表11の借主は期日当日出張先からプラザに電話をして事情を述べ、月曜日に支払に行く旨述べて了解を得ていたこと、(5)D表2の借主(坂田勇)は第二回支払期日(土曜)に返済できず、二日後の月曜日に返済に行つたところ、前日に車を引き揚げたといつて応じてくれなかつたこと、(6)D表4の借主は期日の当日プラザに電話をして月曜日に支払に行く旨連絡していたものであること、(三)(1)B表2の借主は、四回払のところ一括返済すべく期日の当日二二万円を用意したうえプラザに電話をしたところ、電話に出た男が今担当者がおらんので明日電話をしてくれというので、翌日まで待つてくれるものと思い、二二万円を車のコンソールボツクスに入れて置いたところ、そのまま引き揚げられたこと、(2)B表1の借主は契約時に五回払だが期日に利息を入れてくれればよいということで、三回共元金の一部と利息を支払つていたこと、(3)C表3の借主は一回払の約でその支払期日に一カ月分の利息を支払つて一カ月延長してもらい、次の支払期日に再延長を頼んで被告人がわかつたというので了解を得たものと思い、元金の一部と利息を支払つたこと、(四)C表9の借主は第二回支払期日の当日(水曜)の午後五時ころ期日であることを思い出してプラザに電話をして電話に出た男に「これから払いに行く。」と言うたところ、男が「今忙しいから一〇分してからかけてくれ。」と言うので、一〇分位して電話をかけると、かからず、やむなく翌日支払う予定にしていたこと、(五)B表6の借主(本山広司)は、一回払の支払期日に二回払にしてもらうべくプラザの女子事務員に頼んだが、担当者がいないということで、郵便局から利息金一万二〇〇〇円を電信為替で送り、その翌日被告人に電話で一カ月先の五月一五日に元利金を返済する旨連絡しておき、その日に雇主と共に返済に赴いたが、受領を拒絶されその夜無断で車を引き揚げられたこと、(六)D表1の借主は、五回払の第一回支払期日に返済する予定のところ、入手予定の友人からの返金が入らず、本件借受の際、被告人が「一回位おくれても車を取りあげることはない。あつても一〇〇人に一人位のことで、そんなのは余程ひどいおくれ方の時です。」と言うていたので、翌日返済する予定であつたこと、(七)B表3、C表610の各借主は支払期日を忘れていたこと、(七)(1)A表2の借主は二月一七日の支払期日を二月一八日と勘違いし、(2)C表8の借主は四月一六日の支払期日を四月二〇日と勘違いし、(3)C表7の借主は、支払期日の六日程前から長期出張するため、妻に対し期日の前日の三〇日に支払うよう指示していたのに、妻が四月一五日と勘違いしていたこと、(八)C表1の借主は、五回払、毎月一九日が支払期日のところ、第一回支払期日の二日前ころに被告人に電話をして返済期日を二五日にしてくれるよう頼んだのに対し、被告人がこれを承諾してくれたので、第二回の支払期日も三月二五日に変更されたものと思つていたこと、(九)D表3の借主は、金員借受時に印鑑証明を持参しなかつたため、買戻特約条項に二日後の五月三一日に届ける旨約定していたが、当日急用で届けることができないためプラザにその旨電話連絡し、六月二日に届ける予定にしていたこと、などの事情があつたのに、被告人らは、A表45、B表579については所定の返済期日の前日(但し、B表9については期日当日の午前一時に車を引き揚げているので、前日に準ずるものと考える。)に既に返済期日に返済を受けられないものとし、その他のものについては所定の期日に返済又は印鑑証明の持参がなく、いずれも買戻権の喪失事由が生じ又は生じたものとして、被告人らにおいて、時を置かず所定の返済期日の前日(A表45、B表57)あるいは返済期日の未明のうちに(B表9)、返済期日の午後一時以降夜の一二時が経過しないうちに(B表23481011、c表2469、D表1)、または翌朝未明のうちに(A表3、C表5)、返済期日の翌日、遅れても数日のうちに、あるいは支払を一カ月延伸してくれたとうかがわれるのに、その一カ月先の期日の返済に応じないで即日(B表6)、延伸承諾の翌日(C表3)のうちになど、担保提供者の自宅や勤務先等の車の保管場所に赴き、同人らに何ら断ることなく自動車を引き揚げていたもので、その方法は、当初昭和五七年二月初ころから同年三月末ころまでの間は同行させた合鍵屋にその場で合鍵を作らせて運転して行く方法をとつたり、同年四月初ころにおいてはレツカー車にけん引させる方法をとつていたが、その後においては、はじめの契約当日に、顧客に「車を点検したいから」などと言つて車のキーを預り、これを付近の合鍵屋に持つて行つて顧客に内緒でスペアキーを作らせておいたのを用いて運転して行く方法をとつていたものである。そして、引き揚げてきた自動車については、被告人らが数日のうちに業者に転売し、又は転売しようとしていたものである。かくして、被告人は、春駒忠男と相談のうえ、原判示(起訴状引用)の青柳秀雄外二八名に対し(吉水保寿に対する貸付は手形割引によるもので、控訴趣意に主張がないので、これを除く。)、同判示のとおり出資法五条一項に違反する内容で金員を貸し付けたものであり、また被告人は、春駒忠男や茗荷繁行外二名のプラザの従業員らと相図り、原判示(起訴状引用)の山本明外三〇名(吉水保寿に対する窃盗については控訴趣意に主張がないので、これを除く)の各自動車を同判示の日時、場所において引き揚げたものである。

以上の事実に基づいて考察すると、被告人らの青柳秀雄外二八名に対する融資の方法は、形式上は自動車の売買契約とはなつているものの、実質は、自動車を担保とする金員の貸付であることは明らかで、これらが出資法五条一項に違反することも疑問の余地がない。また被告人らが山本明外三〇名の自動車を前示のような経緯のもとに引き揚げた行為については、(一)当初の買戻約款付売買契約が内容において暴利的要素を含むのみならず、方法においても借主側の無知窮迫に乗じた悪質なものであり、契約の無効ないしは取消の可能性も大いに考えられ、所有権が被告人側に移転しているかどうかにつき法律上紛争の余地を十分に残していることや、(二)仮りに契約が有効だとしても、担保提供者は、被告人側の了解のもとに、従前どおりその自動車を平穏かつ独占的に利用保管していたものであり、しかも、返済期日の前日又は当日の未明に無断で引き揚げたものについては未だ買戻権が喪失していない時期に権原なくしてなされた不法のものであり、また、プラザが営業しておらず、従つて返済金の受領態勢にない休日等が返済期日に当つていたものにつき、その当日又は翌日の未明のうちに無断で引き揚げたことについても買戻権喪失事由が発生しているかは疑問であり、少なくとも権利濫用とみられないではなく、また、返済期日当日ないし数日のうちに無断で引き揚げたものについても、被告人らにおいて受領遅滞、あるいは権利濫用により買戻権喪失事由が発生しているかは疑問があり、その他返済期日の延伸を承諾したことにより同様の疑問のあるものがあつて、担保提供者において、返済期日の前日はもとより、当日ないしは数日のうちに承諾もなく、これが引き揚げられるとは予想もし難い事情にあつたものであることなど、右(一)、(二)の事情を考慮すると、担保提供者の占有はいまだ法律上の保護に値する利益を有していたものと認められるので、被告人らの行為が窃盗罪を構成するものであることは明らかというべきである。

所論は、被告人は、買戻約款付自動車売買契約については、出資法の適用はないものと誤信していたと主張しているが、関係証拠によれば、被告人は、本件の各融資が買戻約款付自動車売買契約の形式で行なわれていても、その実質が金銭の貸付であつて出資法の適用があり、その利息の定め(天引額も含む)が同法に違反していることを十分に認識していたものであることが認められるので、右の所論は採用し難い。

所論は、また買戻約款付自動車売買契約を締結していたので、本件自動車の引き揚げ行為は窃盗罪にならないと誤信していたというのであるが、被告人において、仮りに、所論のような警察官との応接、弁護士からの助言、新しい契約書の作成等の事情により本件各引揚行為が窃盗罪にならないと誤信していたとしても、法律上の錯誤(窃盗罪に該当するかどうかの錯誤)は、故意を阻却しないと解するのが相当であるから、右所論も採用しない。

原判決には所論のような事実誤認はなく、論旨は理由がない。(なお、原判示の昭和五七年九月一七日付起訴状記載の公訴事実第二の二の別紙一覧表(三)(D表)番号5引用の吉水保寿のジーンズ等衣料品に関する窃盗罪につき、弁護人から衣料品の引き揚げについて被害者の承諾を得ているから罪とならないので職権の発動を求めるとの主張があつたが、当裁判所は原判決の判断は正当と認めるので、職権の発動はしない。)

更に、職権で調査するに、原判決は、法令を適用するにあたり、同判示(起訴状引用)の出資法五条一項違反の各所為を包括一罪と評価したうえで罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で処断していることが明らかである。

ところで、出資法五条一項は、金銭の貸付を行う者が所定の割合を超える利息の契約をし又はこれを超える利息を受領する行為を処罰する規定であるところ、その立法趣旨はいわゆる高金利を取り締つて健全な金融秩序の保持に資することにあり、業として行うことが要件とされていないなど、右罰則がその性質上同種行為の無制約的な反覆累行を予定しているとは考えられない。したがつて、法五条一項違反の罪が反覆累行された場合には、特段の事情のない限り、個々の契約又は受領ごとに一罪が成立し、併合罪として処断すべきであり、営業行為としてされたことをもつて包括して一罪との評価をすべき事由とするのは相当でないと解される(最高裁判所昭和五三年七月七日第三小法廷判決・刑集三二巻五号一〇一一頁参照)。そして、記録を調べても本件出資法五条一項違反の各所為を一罪と評価すべき特段の事情は認められない。

してみると、右本件各所為を包括して一罪と認めた原判決には併合罪に関する法令の解釈適用を誤つた違法があり、原裁判所の如く出資法五条一項違反の罪につき罰金刑を選択した場合、包括一罪としての罰金の処断刑は同法条所定の三〇万円以下であるのに対し、刑法四五条前段の併合罪として同法四八条二項により合算した処断刑は九〇〇万円以下となり、前者の罰金額の上限が後者のそれに比し余りにも寡少に過ぎ、かつ、本件出資法違反の事実の内容、その他記録上うかがわれる右違反に関する情状に徴すると、原審が正当に法令を適用したとするなら、原判決と異なる刑を言い渡した蓋然性があると認められるから、右の法令適用の誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。

従つて、原判決中、出資法違反に関する部分は、この点において、破棄を免れない。

控訴趣意中、窃盗罪に関する量刑不当の主張について

論旨は、要するに、原判決中、窃盗罪に関する懲役刑の量刑は重きに過ぎ、被告人に対し懲役刑の執行を猶予されたい、というので、所論にかんがみ原審記録を精査して検討するのに、本件窃盗は、前示のとおりの態様による三二回にわたる事案であつて、件数が非常に多いうえ、その犯行は、自己の利益のために他人の弱みや隙につけ込み手段を選ばぬ悪質なものと言わざるを得ず、その被害総額も三九〇〇万円余りにも達することなどに徴すると、その刑責は軽視できないので、本件各融資(吉水保寿に対する分を除く)が買戻約款付自動車売買契約の形式でなされていたため、被告人においてその窃盗の犯行を動機面で合理化する余地を残し、反面被害者側にも安易にかかる契約に応じた点で落度があつたと認められること、被告人には交通事犯による罰金刑前科二犯があるのみで、自由刑の前科がないこと、被告人は、原審段階において、窃盗の被害者三二名中、被害品の車の返還を受けた七名のうち一名を含む二三名の被害弁償について、被害者ないしは盗難保険を支払つた保険会社との間で、主として分割弁済を内容とする示談契約を一応成立させ、示談金総額一二四九万円余のうち五二八万円余を支払つていること、その他被告人の反省態度や家庭事情などを参酌しても、本件窃盗については刑の執行を猶予するのが相当な案件とは考えられず、原判決の窃盗についての量刑(懲役二年)はその刑期の点でも不当に重過ぎるとは考えられない。しかしながら、当審における事実取調の結果によると、被告人は、当審段階に至つて、前示の示談契約に基づく支払を継続し、合計約四一〇余万円を追加して支払つている事実が認められるので、この点を前示の事情に加えて考慮すると、原判決の前記量刑はその刑期の点でいささか重きに失し、これを幾分減ずるのが相当と思料される。したがつて、原判決中、窃盗に関する部分は、この点において、破棄を免れない。

よつて、原判決中窃盗罪に関する部分については刑訴法三九七条二項により、原判決中出資法違反の罪に関する部分については同法三九七条一項、三八〇条により、結局原判決の全部を破棄し、同法四〇〇条但書に従い更に判決することとし、原判決の認定した事実に次のとおり法令の適用をする。

被告人の原判示所為中、金銭を貸し付けるにあたり法定の利息をこえる利息を受領する契約をした各所為は、いずれも昭和五八年法律第三二号附則八条、第三三号附則五項により改正前の出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律五条一項、刑法六〇条に、各窃盗の所為はいずれも刑法二三五条、六〇条にそれぞれ該当するところ、出資法違反の各罪については、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重いと認める蛯原節に対する窃盗の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科することとし、同条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で処断すべきところ、罰金刑についてはある程度多額の罰金が相当と考えられるが、本件は被告人からのみの控訴にかかる事件であるから、刑訴法四〇二条の不利益変更禁止の規定の趣旨を考慮したうえ、被告人を懲役一年八月及び罰金一五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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